第2回:出版社へ転職して海外へ!【中国北京】

第2回:出版社へ転職して海外へ!【中国北京】仕事とお金

みなさん、こんにちは。

全3回シリーズ、「ボクの就職・転職遍歴」の第2回です。

業界や職種など、就職・転職を検討している方の参考になるように書いてみたいと思います。

さっそくいってみましょう!

■編プロから出版社へ転職

基本的に、編プロで勤務する方は、出版社への転職を目指していると思います。
言っても編プロは下請けですからね。上流工程を目指したいと思うのは自然かなと思います。

ボクの場合は3年半の間、編プロで勤務した後、出版社に転職することができました。

ただし、時代としては出版は斜陽産業で(もうずっと昔からそう言われていますが)、このまま日本で編集者としてやっていても、給料は右肩下がり会社がなくなる可能性もけっこう現実的なレベルである、という状況でした。

ボクはもともと、文芸(小説)の編集者になりたかったのですが、いろいろな出版社の面接を受けているときに、「文芸の編集者と小説家の数は同じくらい。その世界に行きたいなら自分で小説を書いた方が早いよ」と言われたこともありました。

まぁ何しろ、編集者の枠、とくに文芸編集者の枠はかなり少なく、ボクはその席を獲得できるほど優秀でもありませんでした。

同時に、iPhone、iPadが普及しはじめて、電子書籍が出回りつつあるタイミングで、「このまま日本で編集をやり続けてもなぁ」と考えていました。

そのため、転職活動を始めたときに、「海外で編集ができる」という募集に出会ったときは、すごく魅力的でした。

■中国、北京へ!

募集の内容は、編集業務を中国でできる、というもの。

大学生のとき、第二外国語で中国語を専攻していましたが、実践で使えるレベルでは全然ありません。

しかも、退職した翌日には中国に移動する、という強行軍でした。たいした準備もできないまま、北京へ向かいました。

それ以前に一度、北京と上海に行ったことはありますが、いざ「住む」となるとまた違う緊張感があります。

■仕事の内容について

編集は続けたいと思っていたので、編集職での転職です。

自分で企画を立てて、バリバリやりたいことをやれる!と思っていましたが、実際はダメダメでした……。

取り扱うことになったジャンルが全然知らないジャンルであったこともありますが、3年半の間、やらされ仕事を処理することに慣れてしまったボクにとって、すぐに案が通るような企画を出すことは全然できず。

また、「全然知らないジャンル」に飛び込むにしては、いま思えば勉強不足だったかなと思います。

ちなみに、社内の言語は日本語です。中国人スタッフもたくさんいましたが、彼らはみんな日本語が堪能です。

とは言え、仕事で外に出る機会もありますし、自分の生活として移動や買い物もあるので、中国語の勉強は必要でした。

■給料について

前職で「額面20万」という給料でしたが、この転職によって給料はあがりませんでした

ただ、いろいろと環境面が変わったため、貯金はものすごくできるようになりました

まず、家賃がかからない
会社が借り上げたマンションに入居するためです。当時(2010年ごろ)の中国はそこまで治安が悪いわけでもなく、反日的な活動が活発だったわけではありませんが、それでも日本にいるよりは事件が多い(窃盗やスリがとくに多かった)です。

そのため、住む場所は会社のすぐ近く。電車での通勤もなく、そのへんはストレスフリーでした。

単身で日本のアパートに住む場合、6〜8万程度かかると思うと、それが浮くのはすごくありがたいです。

また、気軽に買い物にでかけるということもあまりありませんでした。
と言うのは、少しでかけるにしても結構気が張るというか、ちょっとしたイベントになるので、ボクの場合は環境・仕事に慣れない疲れもあり、ちょっと引きこもり気味になってしました。

給料は変わらないけれど、固定費用が減り、お金を使う機会も減った結果、貯金はできるようになった、というわけです。

■社内の環境について

全体で30名くらいの会社ですが、20名以上が中国人スタッフで、日本人は数名でした。

結果、とにかく日本人スタッフはかたまります。昼ごはんも日本人スタッフ同士で行く。

良くも悪くも関係性が濃密で、助け合いながらやりくりできているうちはいいのですが、一度関係がぎくしゃくすると、かなり大変でした。

中国渡航にあたって、到着してから予防接種を受けたり、現地のことについていろいろ教えてもらったり、周囲に協力してもらわないと普通の生活すらままなりません。

英語も通じないので(街中ではHelloレベルで通じませんでした)、中国語ができるようになるまでは、先に着任している日本人スタッフにいろいろと協力してもらう必要があります。

まぁ、人は一人で生きているわけではない、というのは日本でも同じなのですが、とくに海外においてはそれが顕著であったと思います。

中国人スタッフとの間に、とくに壁があるというわけではありませんが、あくまで仕事面でしかコミュニケーションがないため、関係性が良好だったかというと、そうではなかった気がします。

■教訓

準備も心構えも足りなかったと思いますが、それでも本領発揮できなかったなと感じています。

理由としては、環境を変えて、仕事の内容(職種は同じだが、取り扱う内容がガラリと変わった)も変えて、というのは、ボク個人としてはちょっと負荷が高すぎました

そのせいか、ずっと眠かった記憶があります。

休日もアクティブにどこかにでかけたいというよりは、ゆっくりしていたい、という気持ちの方が強かったです。

転職については、いろいろなものを一気に変えすぎると、身体がもたないということですね。

結果として、1年未満の中国駐在生活でしたが、もちろん初めて海外に住んで生活するということは、すごく刺激になって面白いこともたくさんありました。

いまチャンスがあれば、また海外で挑戦してみたいと思います。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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